浜松科学館では月に一度、高校生以上を対象に「夜の科学館」を開催しています。開館時間を延長し、常設展をご覧いただけることに加え、毎月異なるテーマでプラネタリウムやサイエンスショーなどを実施しています。今年度の大テーマは「日本文化と科学」。慣れ親しみのある日本の文化と、科学がどのように結びつくのかお楽しみください。本ブログでは、毎月のプログラムの内容の一部をご紹介します。
4月のテーマ『まつり』
日本のまつりの歴史は古く、土偶や古墳といった考古資料からも祭祀の痕跡が見つかっています。まつりの語源には、神さまにものを差し上げる、お供えするという意味の「奉る(たてまつる)」や、催事によって神の魂を鎮め、祈り感謝するという意味の「祀る(まつる)」などいくつかの説があります。神さまを祀る催し「まつり」は、日本各地で、さまざまな方法で行われています。現代では、祭祀だけでなく、文化”祭”のような、学校をあげた行事もまつりと呼ばれます。
浜松周辺にもさまざまなまつりがありますが、最大のまつりといえば「浜松まつり」です。およそ450年前、当時の引間城主 飯尾豊前守の長子誕生を祝い、凧を揚げたのがきっかけと伝えられています。
今月の夜の科学館では、科学館職員が日本の文化「まつり」を科学の視点からご紹介しました。
特別投影「おまつり魂は宙高く」
プラネタリウムでは古代ギリシャや浜松でのまつりについて紹介しました。
多くの星座にはギリシャ神話由来の昔話が伝えられているのですが、それらのお話によく登場するのが、全能の神「ゼウス」です。( 2月の夜の科学館ブログ でも触れているので、ぜひそちらもご覧ください。)このゼウスを祭る祭事が4年に1度、世界的に開催されています。それが「オリンピック」です。オリンピックの始まりは「オリンピア祭典競技」というものです。古代オリンピックとも呼ばれます。オリンピア祭典競技は「オリンピア」という、ゼウスとその妻ヘラのお告げを聞ける神域で開催されていました。そして競技者のエネルギーや強い気持ちをゼウスに奉納することを目的としていました。最初は一競技のみでしたが、現代では多くの競技が行われ、今ではスポーツの大会または祭典といった意味合いが強くなっていますね。
そして浜松でおまつり、といえば神賑(かみにぎわい)が豪華な祭事「浜松まつり」ではないでしょうか。
浜松まつりでは、賑やかなラッパの音、御殿屋台の引き回し、そしてなんといっても空高く揚がる凧が特徴的です。浜松まつりでは、初子(はつご)の誕生祝いや成長を祈る気持ちをこめて、初凧(はつだこ)と呼ばれる大凧を揚げる風習があります。
そこで「地球の地面から、より遠く離れたところで凧があがるのが縁起がいい」と仮定し、地球を飛び出して宇宙で凧あげをしてみたいと思います。今回は、人類が将来移住する可能性があると考えられている月と火星で凧揚げをしてみたいと思います。
その前に凧あげの原理を確認しましょう。凧は簡単に言うと以下図のような仕組みであがります。風(下図青矢印)が凧に当たることで、上に揚がる力、「揚力」(下図緑矢印)を得るので、上に向かって揚がっていきます。
<仕組み>

揚力を求める式を見てみると、
揚力は大気密度、風速、凧の面積が大きければ大きいほど大きくなることが分かります。つまり、凧あげのポイントはこのどれかを大きくすることのようです。
ではそれぞれの星であげるとどうでしょう。今回は凧揚げのポーズをしているように見える星座、「うしかい座」に協力してもらいました。
【月の場合】
月では凧揚げができないようです。
【火星の場合】
火星ではなんとか凧が揚がりましたが、あまり現実的とは言えないようです。
このように月はもちろん、火星でも現在の技術で凧揚げをするのはなかなか至難の業のようです。私たちが凧揚げを楽しめるのも、地球にいるからこその特権、ということですね。そう考えると、浜松まつりの凧揚げがより一層楽しみになってきませんか?
特別サイエンスショー「おまつりのサイエンス!」
毎年、5月3日~5日に開催される浜松のまつり。今年も大盛況のうちに幕を閉じました。まつりの目玉は何と言っても「凧揚げ」、正式には「凧揚げ合戦」です。4日、5日になると各町が互いの凧糸を絡ませて切り合う糸切り合戦が行われます。この糸切り合戦にも使われるのが、こちらの道具です。

「転機」と書いて、「てぎ」と呼びます。
凧が空高く揚がる原理には揚力や浮力など多くの科学的要素が含まれていますが、この転機には滑車の原理が使われています。転機のように、滑車の回転軸が固定されており、力の向きを変えることができるものを「定滑車」といいます。定滑車は、井戸の水を汲み上げる時に使われています。

井戸は下に水が溜まっていて、水を汲んだ容器を上に引き上げます。
滑車を使わない場合、上向きの力が必要です。一方、滑車を使うことで逆の下向きの力を加えることができるようになります(図1)。

ヒトの動きを考えると、上向きに力を加える(持ち上げる)よりも、下向きに力を加える(引っ張る)方が楽に水を持ち上げることができます。
凧揚げの糸切り合戦では、転機を使うことで上下の動きを横向きに変えることができ、大勢の人が一緒に引っ張ることができる、コントロールがしやすくなるなどのメリットが生まれます。
滑車にはもう1つ、動滑車というものがあります。動滑車は定滑車とは違って、滑車自体が動くため、小さな力で大きな重りを持ち上げることができます。

・滑車が固定されている
・力の向きを変えることができる
・力の大きさは同じ(同じ重さで釣り合う)

・固定されていない(自由に動く)滑車
・同じ力で、2倍のものを持ち上げることができる(※写真の場合)
重い資材を移動させるクレーン車やエレベーターなどに使われています。
来年の浜松まつり、てぎの使われ方にも注目です。
でんけんラボ「浜松まつりの凧糸」
浜松まつりで使用される凧糸は、ホームセンターなどに売っている「たこ糸」とは異なります。二つの糸を並べてみました。

左が浜松まつり用の揚げ糸、右が市販のたこ糸です。凧揚げ合戦において、糸が切れやすいことは命取りです。浜松まつり用の揚げ糸は、市販の凧糸に比べ、太く切れにくい麻糸を使用しています。栃木県で栽培されている野州麻を原料に、直径2ミリの糸をつくり(片撚り)、その糸を2本合わせて直径4ミリの糸を作っています(本撚り)。公平を期すため、現在はすべての凧が統一された揚げ糸を使用しています。
「麻」は植物性の丈夫な繊維の総称で、衣料に利用される亜麻(あま)や麻袋、麻紐に利用される黄麻(こうま)などさまざまな種類があります。亜麻は亜麻科、黄麻は田麻科(しなのきか)の植物で、種によって性質が異なります。野州麻は大麻です。桑科の植物である大麻は葉や花に毒があり、無許可で栽培することが出来ません。栃木県では、トチギシロという毒性の少ない品種を栽培しています。大麻の茎の繊維は非常に丈夫で、神社のしめ縄や凧糸などに使われています。
麻でできている揚げ糸を電子顕微鏡で見てみましょう。


茎をほぐして繊維状にしているため、太さはバラバラです。断面を見てみると、平たい形をしています。丈夫な一方で、細く紡ぐのには向いていないため、布の材料には使用されていません。市販品のたこ糸も見てみましょう。


市販のたこ糸の原材料は綿です。種子のまわりを覆う細い繊維で、太さが均一です。一本一本が縮れたり、ねじれたりしているため、撚りやすく、伸縮性があるのが特徴です。吸水性にも優れているので、タオルなどの製品に利用されています。
同じ植物性の繊維でも、異なる性質を使い分けることで、肌ざわりの良い服や、丈夫で切れにくい糸を作ることができるのですね。
科学の視点からみた「まつり」はいかがでしたでしょうか。
日本各地のまつりに目を向けると、大みそかの除夜の鐘や夏祭りの定番花火など、まだまだ科学的な視点で語ることができそうな話題がたくさんあります。夜の科学館では、このほかにも、おまつりの定番、ゴム鉄砲や輪投げが楽しめる「屋台で遊ぼう」や、ミュージアムショップで浜松まつり会館の関連グッズ販売を行いました。
皆さんも、これから参加するまつりに科学を探してみてはいかがでしょうか。





開催日:2024年4月11日(金) 毎月第2金曜日
参考資料
・日本の祭り 解剖図鑑 久保田裕道 著 株式会社エクスナレッジ
・TEAM JAPAN.”1.オリンピックの歴史”.日本オリンピック委員会https://www.joc.or.jp/column/olympic/history/001.html (2025/4/10)
・浜松まつり会館.”浜松まつりとは”.浜松まつり会館
https://matsuri.entetsuassist-dms.com/about/#:~:text=激練りは、大凧,とともに激練りを展開。 (2025/4/10)
・宇宙科学研究所.”100分の1の大気の中を飛ぶ火星飛行機”.JAXA.
https://www.isas.jaxa.jp/j/topics/event/2014/0725_open/image/leaflet/5-1.pdf (2025/4/10)
・日本麻紡績協会ウェブサイト
https://asabo.jp/about/