浜松科学館では月に一度、高校生以上を対象に「夜の科学館」を開催しています。開館時間を延長し、常設展をご覧いただけることに加え、毎月異なるテーマでプラネタリウムやサイエンスショーなどを実施しています。今年度の大テーマは「日本文化と科学」。慣れ親しみのある日本の文化と、科学がどのように結びつくのかお楽しみください。本ブログでは、毎月のプログラムの内容の一部をご紹介します。
9月のテーマ『建物』
衣食住という言葉があるように、私たちの生活において「住」、つまり建物は欠かせない存在です。竪穴式住居の跡地からもわかるように、住まいの始まりは、木材を地面に突き刺しただけのような、ごく簡素な構造でした。
私たちは長い年月をかけて、日本の風土を理解し、それに適した建物を築いてきました。その代表例の一つが、奈良県斑鳩町にある法隆寺・五重塔です。この塔の中心には「心柱」と呼ばれる柱があり、最上部でのみ接合され、各階とは接触していないという、いわゆる「振り子構造」になっています。これは地震の際に力を分散させるための仕組みで、地震が多い日本ならではの工夫です。法隆寺の建立は西暦607年ごろ、今から約1400年前にさかのぼります。その発想と技術の高さには改めて驚かされます。
時代が進むにつれて、日本各地では住居だけでなく、寺院や城といった大規模な建築物も数多く建てられるようになり、それらはやがて近代建築、そして現代建築へとつながっていきました。
例えば浜松市内を散歩してみると、昭和初期に建てられた鴨江アートセンターのような歴史的建築物に出会うことができます。現在ではなかなか再現できないような豪華な意匠や、まるで神殿のような柱など、見ているだけでも興味深く、建築の魅力を感じさせてくれます。
〇特別サイエンスショー「建物のサイエンス」
橋をテーマにお話します。
建築基準法などから建物の定義を正しくみると、橋は建物にも建築物にも入らず、人工物、工作物に分類されます。ここでは広い意味で、人工物として橋を取り上げます。

こちらは群馬県安中市にある碓氷第三橋梁、通称めがね橋です。明治25年に作られたレンガ造りのアーチ橋です。カーブの部分を拡大してみると、ブロックが詰まっているのがわかるでしょうか。なぜブロックが落ちないかというと、圧縮力によるものです。


図のように、上から力を加えると、ブロックを押し縮めようとする力が働きます。この力同士が作用して、ブロックを支える力に変わります。実際に実験してみましょう。おすすめの素材がチロルチョコです。チロルチョコは台形をしており、この実験にぴったりです。
約15cmに切った厚紙の両端に、土台となるダブルクリップを止めます。この上に、7個のチョコレートを上手く積んでみてください。

詳しい実験方法はこちらの動画をどうぞ
【おうちDEみらいーら第46弾】美味しく実験 チロルチョコのアーチ橋
次に紹介するのは、レオナルド・ダビンチが考案した「ダビンチの橋・サルバティーコ橋」です。これは釘も接着剤も使わない、摩擦と重力を利用した橋です。もともと、軍事用に考案され、木材のみでさっと作れ、簡単に壊せることが特徴です。
こちらも割り箸で実験することが出来ます。
ダビンチの橋のつくり方
この橋の欠点は、長い距離の橋を作れないことです。作ってみるとどんどんと円に近づいていき、最後には、環っかになっていくことがわかります。長い距離の橋にするためには、1本の棒を長くする必要があります。
橋には色々な形や装飾などがあり、見るだけでも楽しませてくれます。「蓬莱橋」は世界一長い木造歩道橋としてギネスブックにも登録されています。車道ですが時間帯によって一方通行の方向が変わる「大井川水路橋」など変わった橋もあります(ともに静岡県島田市にあります)。お気に入りの橋を探してみるのも面白いですよ。
〇でんけんラボ「チャート、石灰岩」
浜松市を代表する建物に「浜松城」があります。

浜松城は徳川家康が築いたお城。現在も浜松城公園の中央にお城がそびえていますが、これは1958年に再建された新しいものです。当時の面影を感じられるのは天守閣ではなくその土台の石垣で、場所によっては約400年前に築かれたものが残っているそうです。
下の画像にある茶色の岩石(左)と灰色の岩石(右)。浜松城の石垣は主にこの2種類の岩石で築かれています。
※観察で用いた岩石は市内で採取したものです。浜松城の石垣を持ち帰ることは法律で禁止されています。

それぞれの岩石について、電子顕微鏡で観察してみましょう。
まずは茶色の岩石。
拡大すると、直径2~3マイクロメートルの角ばった粒状の物質が集まってできていることが分かりました。

次に灰色の岩石。
こちらは10マイクロメートル程の角ばった粒状の物質が集まっていました。

茶色の岩石の種類は「チャート」で、主な成分は二酸化ケイ素です。一方、灰色の岩石は「石灰岩」で、主な成分は炭酸カルシウムです。それぞれの成分が結晶化したものが岩石を形作っています。
元素記号で表現すると、二酸化ケイ素はSiO2、 炭酸カルシウムはCaCO3です。ケイ素(Si)や炭素(C)、カルシウム(Ca)などが材料であることが分かります。自然界で散在しているこれらの元素が、どのように集まって岩石になったのでしょうか?
これには生き物たちの、特定の物質を体に取り込む性質がかかわっています。
下の画像は石灰岩の材料の一つである「星の砂」。よく沖縄県のお土産屋さんで小さな瓶に入って売られています。

拡大すると、表面は凸凹していることが分かります。また無数の穴が規則的に空いていて、生物的な気配を感じます。

実は、星の砂は「有孔虫」というアメーバの一種の死骸です。生きているころは海中の岩や海藻などに付着し、特定の穴から触手のような管を伸ばして移動したり餌を採ったりします。それが死んで、炭酸カルシウムの骨格だけになったのが星の砂です。
有孔虫や、同じく炭酸カルシウムの骨格をもつサンゴや貝類の死骸が押し固められて石灰岩ができます。
一方、チャートの主な材料は「放散虫」です。こちらは二酸化ケイ素の骨格をもち、放散虫の死骸が堆積して強い圧力を受けることでチャートが形成されます。
生きる過程でケイ素を集める放散虫と、炭素やカルシウムを集める有孔虫。このように生き物は特定の物質を身体に取り込む性質があります。
温度の高い液体は冷めていき、水に注いだ牛乳は薄まっていく。そしてそれらは元には戻らない。そんな均一になろうとしがちな無機的な世界の中で、生き物たちは特定の物質を身体に取り込むことで不均一性を生み続けます。
もとは生き物だった石垣に浜松城の天守閣が建っています。新しい天守閣は鉄筋コンクリートでできていて、コンクリートの材料も石灰岩です。浜松城から広場へとつながる道のアスファルトの原料は原油で、やはり太古の微生物の死骸が原料です。そして市役所への道に植えられた街路樹のケヤキは、建築材としても有名です。
このように、建物や街をつくる多くの場面でたくさんの生き物たちがかかわっています。そんなことを考えながら街を歩くと、いつもとは違った世界に見えるかもしれません。
科学の視点からみた「建物」はいかがでしたでしょうか。
夜の科学館ではこのほかにも、ちょこっと体験「建物の科学を体感しよう」やテンセグリティ構造を用いた工作、ミュージアムショップで関連グッズ販売を行いました。
実は、浜松科学館の外観にも見て楽しめる工夫が施されています。科学館にお越しの際は、是非ご覧ください。





イベント名:夜の科学館
開催日:2025年9月19日(金)
参考資料
・浜松城の石垣/浜松市
https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/kouen/isigaki/isigaki.html