浜松科学館では月に一度、高校生以上を対象に「夜の科学館」を開催しています。開館時間を延長し、常設展をご覧いただけることに加え、毎月異なるテーマでプラネタリウムやサイエンスショーなどを実施しています。今年度の大テーマは「日本文化と科学」。慣れ親しみのある日本の文化と、科学がどのように結びつくのかお楽しみください。本ブログでは、毎月のプログラムの内容の一部をご紹介します。
12月のテーマ『言葉』
言葉は、人間にとってとても重要なコミュニケーションツールです。国、仕事、研究分野、異なる地域や業界ではそれぞれの言葉が用いられます。12月の夜の科学館では、科学の世界の言葉をご紹介しました。
〇でんけんラボ「地衣類」
筆者は今月のテーマ「ことば(言葉)」からモジゴケを連想しました。知っている方はかなりの生き物好きかもしれません。モジゴケとはどんな生き物なのでしょうか?
下の写真がモジゴケの一種です。

樹にべったりと張り付いた白色のモジゴケ。そこにはウネウネとした黒色の模様が刻まれています。この模様が文字に見えることから「文字苔」と名付けられました。
モジゴケとは何者なのでしょうか?
「苔」という言葉がつけられているということは、道端に生えているあの緑色の苔と同じ仲間なのでしょうか?
モジゴケは何者かというと、地衣類の仲間です。
では地衣類とは何者でしょうか?
馴染みのない言葉だらけで混乱が続きます。
電子顕微鏡で地衣類の仲間であるモジゴケの一種と、ナミガタウメノキゴケを拡大して観察してみましょう。
こちらがモジゴケの一種です。

表面は平滑な部分と、でこぼこした部分とで構成されています。
次に断面を見てみましょう。

矢印が黒色な部分(文字の模様)の断面です。そこにはコッペパンのような長細いカプセルが埋め込まれていました。これがモジゴケの「胞子」です。
次にナミガタウメノキゴケの断面も見てみましょう。ナミガタウメノキゴケは下の写真のような地衣類で、街路樹や公園のケヤキ、サクラでしばしば見られます。

ナミガタウメノキゴケの断面は糸状の物質で満たされ、まるでスパゲッティを袋詰めにしたような様子です。

この糸状の構造は菌糸です。
菌糸で身体を形成して、胞子を作る生き物。これは菌類の特徴です。
菌類は、キノコ、カビ、酵母などから構成されます。それぞれ食材、衛生、発酵食品などで私たちの生活と深くかかわっていますので、ご存知の方も多いと思います。

菌類の中で地衣類はというと、「藻類(そうるい)」と共生するグループを指します。藻類とは、自身で光合成をして栄養を作る生き物の中で植物の仲間を除いた生き物を指します。
モジゴケやナミガタウメノキゴケのように、地衣類の仲間であっても和名の最後に「コケ」という言葉がつく種が多くいます。
では、本家のコケ(コケ植物)はどんな生き物かというと、植物の中で根や維管束(水分や養分が通る太い管)、種子などの機能を持たない原始的なグループを指します。

ここまで読んでいただくと、地衣類とコケ植物は全く異なる生き物(菌類と植物)であることが分かります。おそらく、現在の和名がつけられる以前の日本では、樹木や岩に生えるもじゃっとした生き物たちをひっくるめて「コケ」と呼んでいたのでしょう。
本来、言葉は思想や物事に意味をもたせて、自分や他者に伝えたり理解しやすくする便利な道具です。自然科学においても生き物たちに種名という言葉を与えることで、他種と分離して扱うことができます。
一方で「コケ」という言葉は、分類学的なグループの意味を曖昧にして分かりづらくしています。
筆者「これはモジゴケです」
参加者「なるほど、苔の仲間なのですね」
筆者「いえ、苔ではなく地衣類という菌類の仲間で…」
こんなやりとりが全国のミュージアムで星の数ほど起こっているはずです。学芸員たちは、これからも「コケ」という不便な言葉と戦いながら、世間へ地衣類・コケ植物の魅力を発信し続けなければなりません。
〇特別投影「星の名前とその意味」
星座の学名はラテン語です。しかし、私たちが普段耳にする星座の名前は日本語です。これは、1944年に学術研究会議(現:日本学術会議)で定められた和訳名を使用しているからです。星座は海外でも各国の言語でそれぞれ呼ばれています。
では、星の名前はどうでしょうか?ベテルギウス、リゲル、シリウス、プロキオン…普段のプラネタリウム解説でも使用するこれらの名前は、どうやら日本語ではなさそうです。今回の投影では、名前は何語でどんな意味があるのか、秋と冬の星座を形作る星を中心に進行しました。
星の固有名はラテン語、アラビア語、ギリシャ語、英語などなど、特定の言語だけではなく様々な言葉が使われています。名前に込められた意味も、その星が担当する星座の部位にちなむものであったり、星自体の特徴を表すものであったりと様々です。
例えば、ペガスス座。

和訳してみると、馬の体の部位を表した言葉になります。星座の名前にも一癖ありますね。ペガ「サ」スではなくペガ「ス」スと呼ぶのは、学名のラテン語の発音により近づけるためです。ペガサスだと、英語の発音に近くなります。
おおいぬ座の星のいくつかは、星自体の特徴を表しています。

一等星シリウスは「焼き焦がすもの」。星座を形作る星の中では一番の明るさで、ギラギラとした輝きを放っています。ウェゼンは、空の高い位置までのぼることがありません。常に地平線に近い場所で輝くことから、「重り」と名付けられています。
次に、こいぬ座。

一等星プロキオンは「犬の前」。ここでの「犬」は、おおいぬ座を指しています。おおいぬ座よりも一足先に空に登ってくることから、犬の前と呼ばれるようになりました。
問題は、もうひとつの星ゴメイサ。「涙ぐむもの」とは一体どういうことでしょう?星座の部位でもなければ、星の特徴でもありません。この呼び名が付いた理由として、いくつかの神話があります。
そのひとつをご紹介しましょう。
狩りの名手アクタイオンは、いつもたくさんの猟犬を連れて獲物を追いかけていました。

ある日、いつものように獲物を探していたアクタイオンは、思わぬ光景を目にします。

森の奥深くの澄んだ泉で、女神アルテミスとその従者たちが水浴びをしていたのです。裸を見られたアルテミスは大激怒!
ごめんなさい!見るつもりはなかったんです!と言う間もなく、アクタイオンはなんと鹿の姿に変えられてしまいました。猟犬たちも大慌て。なぜなら目の前に突然、立派な獲物が現れたのですから…。猟犬たちは喜び勇んで鹿に襲いかかり、見事に仕留めたのです。

倒れた獲物を前に、猟犬たちはアクタイオンに褒めてもらおうと声を上げます。しかし、どれだけ待ってもアクタイオンは現れません。それでも猟犬たちは、いつまでもいつまでも主を待ち続けました。最高神ゼウスはその様子を哀れに思い、猟犬たちの一匹を空に上げ星座にしたと言われています。

名前の影に、とんでもなく理不尽で悲しいお話が隠されていたようです。これは確かに、犬も私たちも涙ぐみますね。
星座を形作る星以外にも、名前を持つ天体はたくさんあります。そこに込められた意味まで探ってみると、新たな発見があるかもしれません。
〇特別サイエンスショー「専門用語でサイエンスショー」
「ことば」は、自分の感情や考え方を相手に伝える際に、会話や文字などとして表現します。言葉の意味や語源、言語としての言葉など、様々な意味で使われることもあります。
今回のサイエンスショーでは、そんな「ことば」の中でも、科学で扱われる専門用語を紹介しました。普段、私たちは、なるべく専門用語を使わないようにしていますが、あえて専門用語をどんどん登場させました。ここでは、その中の2つの専門用語をご紹介しましょう。
一つ目は、「ニュートリノ」。
ニュートリノは、これ以上分解することのできない素粒子の仲間の一つです。太陽の核融合や超新星爆発、宇宙線が大気にぶつかったときなどに発生します。このニュートリノを観測しているのが、岐阜県飛騨市神岡町にある「スーパーカミオカンデ」という超巨大観測装置。浜松ホトニクスの作った光電子増倍管という超高性能な光センサーが使われています。
館内にも光電子増倍管の実物を展示しています。

さて、そんな「ニュートリノ」という名前ですが、この「ことば」は、語源としてどこで2つに区切るのが正解でしょうか?
『ニュー』『トリノ』?新しいイタリアのトリノ?
…ではありません。
『ニュート』『リノ』で切ります。
『ニュート』は、ニュートラル、中性を意味し、電気を帯びていないということを表しています。そして、『イノ』はイタリア語で小さいという意味です。ニュートリノは、中性で小さな粒子という『ニュート』と『イノ』の言葉が組み合わさって名付けられました。ニューが入っていると、新しいものと思いがちですが、名前の由来が違うのですね。
そして、ニュートリノは、“ニュートリノ振動”。という現象を引き起こします。
「振動」と付くので、ニュートリノがブルブル振動している?
…わけではありません。
ニュートリノが飛んでいる間に違う種類のニュートリノに変身してしまう現象をニュートリノ振動といいます。ニュートリノは、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類があることがわかっており、確率的に違う種類のニュートリノに変化してしまうという少し変わった性質を持っています。

このニュートリノ振動をスーパーカミオカンデで観測したことにより、2015年に梶田隆章先生がノーベル物理学賞を受賞されています。
次はサイエンスショーらしく実験もしてみましょう。
二つ目は、「カオス」。
カオスは、一般的には「混沌」「無秩序」という意味ですが、会話やSNS等では、「ごちゃごちゃしている」や「訳がわからない」という意味で使われることもあります。実は、専門用語としてのカオスもあります。それが、カオス理論です。カオス理論は、「予測不可能性」と「初期値敏感性」という特徴を持っています。
「ブラジルでチョウが羽ばたけば、テキサスでハリケーンが起こる」として例えられるバタフライ効果がカオス現象の代表的な例です。チョウが羽ばたく程度の小さな変化が、ハリケーンが起こるか起こらないかという大きな違いを生み出してしまうという例えです。正確な天気予報が難しいのも、このカオスが関係しています。
では、このカオスでよく取り扱われる実験をやってみましょう。それが振り子。
振り子は通常、規則正しい動きをします。振り子の長さが決まっていれば、振り子が行ったり来たりするリズム(周期)は一定になります。「全然カオスと無縁じゃないか!」と思いますが、振り子の下にもう1つの振り子をつなげると、予測不可能な動きをするようになります。
それが2重振り子。それぞれの振り子には、振れやすいようにベアリングが取り付けてあります。動きがわかりやすいようにLEDもつけてみました。

それでは、揺らしてみましょう。
なんだか不思議な動きをします。ランダムで「予測不可能」な動きをしていることがわかります。
今度は、赤と青の全く同じ2重振り子を2つ並べました。

この2つの振り子をほぼ同じ角度で振らせてみましょう。
最初は同じような動きをしていましたが、しばらくするとまったく違う動きになってしまいました。ほんのわずかな角度の違いが、時間とともに大きな違いへと変わってしまったというわけです。これが、カオスにおける「初期値敏感性」です。
では、最後に、たくさんの2重振り子の動画をどうぞ。
科学の世界の「言葉」はいかがでしたでしょうか。生物学、物理学、天文学、、、知識を共有するために、それぞれの言葉が発展していることがわかりますね。
このほかにも、ちょこっと体験「点字名刺づくり」や、ギャラリーにて展示「日本点字の父 石川倉次」を行いました。
言葉の世界の奥深さ、感じていただけたでしょうか。







イベント名:夜の科学館
開催日:2025年12月12日(金)
参考資料
大村嘉人. 街なかの地衣類ハンドブック. (文一総合出版, 2016)